1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/26(日) 06:15:34.96 ID:BSMwm8Ss0
秀吉の大陸攻めでは朝鮮の土地が痩せすぎてたため兵站が維持できず撤退することになったが
明史に勝算なしと言われるほど日本の武士は明兵を圧倒していた
つまり、作戦は失敗したが強かったのは日本ということになる
ただ、当時の明は王朝末期のボロボロ状態なのでボコボコにされたのも仕方ないとも言える
では、洪武永楽あたりのオールスターならどうだったんだろうか
日本の戦国オールスターと明オールスター
戦って真に強いのは一体どっちなんだろうか

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/08/07(日) 22:30:01.07 ID:vtOAWlzD0
>>1
>ただ、当時の明は王朝末期のボロボロ状態なのでボコボコにされたのも仕方ないとも言える
>では、洪武永楽あたりのオールスターならどうだったんだろうか

なんで「洪武永楽あたり」が「オールスター」と言えるんだ?
16世紀の明代には王守仁、戚継光などの優れた官僚、軍人がいたし、
仏朗機砲や魯蜜銃などの新式の火器も使われている点では、
明初の装備と比べてはるかに強力なはずだ。

「何でもかんでも明初が良いとする見方」や、
「皇帝ばかりに注目して官僚以下の階層は無視する見方」など、
明代史に対する誤った見方、偏狭な見方を広めた
朱元璋スレの弊害はとてつもなく大きいな。

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/28(火) 23:08:17.41 ID:C8AZxmqv0
>>6
最後まで負けてたじゃないか、明

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/06/30(木) 20:46:19.15 ID:+xEwLOnZ0
まぁ日本が侵略するには国土がでかすぎる

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/01(金) 01:42:49.41 ID:egaddI/s0
せやね
何代かかけないと厳しいかもね
後金が成功したのはヌルハチ、ホンタイジ、ドルゴンと優秀な指導者が続いたからでもあるね

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/06(水) 12:44:24.16 ID:N2N9fRYk0
中国支配を成功させた異民族は基本的に本拠地を中国国内に移転させてるからなぁ
日本の場合天皇が日本を離れるわけがないわけで
宮家の一つを中国王に任命して支配させるとか有りなのかな

秀吉の時代なら秀次を朝鮮王にでもして秀頼は日本を支配で良いのかな

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/06(水) 21:44:33.07 ID:3uDT+Fa8O
だが秀吉の明征圧計画では、明を取った後は天皇を北京に遷し
秀吉自身は天竺征圧に向かうという案もあったという。
世界帝国を目指す上では日本国内に本拠を残す事に拘る気はなかったみたい。
若しくは秀吉はこれから世界を目指すから、とりあえず天皇には明の首都でも献上しとけば文句は無いだろ程度の感覚だったのかもしれないが。

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/06(水) 21:54:22.52 ID:E8IsJoVN0
>>19
正直なところ信長みたいに明確なプランがあった訳じゃ無さそうだけどね

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/07(木) 03:12:16.68 ID:HNB2G/UH0
信長にも明確なプランなんてなかったろ

22: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/10(日) 22:26:53.01 ID:H7AwWHwn0
信長は秀吉よりは考えてそうだな
当時の日本人はおろか現代の日本人でも考えつかなそうなことを

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/07/11(月) 00:43:11.30 ID:CSOT/UUw0
いや信長ってそこまで突飛な奴じゃないから
城下町への集住も楽市楽座も三段撃ちも先人がいるから
むしろ信長の特徴は良いと思ったものは誰がやってたのだろうと積極的に取り入れる柔軟性だと思う

26: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/08/08(月) 15:55:05.71 ID:6gi98xKC0
つまり最強状態でも日本にぼろ負けのゴミってことだね
中国って昔から戦争糞〇〇じゃん
何であんな弱いの?

27: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/08/10(水) 22:06:34.65 ID:Rd1EI7KT0
>>26
戦国当時の日本は、世界有数の強戦士だよ(サイヤ人?)
鉄とか銀・金の産出量が、それを裏付けてもいる。
しかしその日本も、江戸幕末になると、明のことを笑えない体たらくに……
そして明治にまた強国、昭和・平成で堕落w
かくのごとき、新進気鋭の時期と、一旦安定化した平和な時期とでは
差が目に付いてしまうというもの。
だからといって、常に心身に緊張を強いるような戦乱の時期は、人の寿命を
短くもするだろうし、格差は覆いがたい。

さて、翻って中国。
明初、洪武帝は日本に脅しをかけたが、無理な遠征はできず内治に専念したので
日本にビビったと言われている(ある一部でw)。
それにしても、中国のピークは宋だと思うので、それまでのことで見てみると
決して中国の軍事力が〇〇とは言い切れないどころか、世界有数の動員力と
兵站を誇っているんだがな。
孟珙がいたときの襄漢の防衛線など、蒙古相手に何年粘ったことか。
唐代はいわずもがなだしな。
中国に限らないが、崩壊するときは頂上腐敗がきっかけ。

いくら有能な官僚や武人がいたところで、朝廷が非協力的(派閥次元の発想で)
なら、その才能を発揮することもできないだろう。
手柄をたてて大きく喧伝されるのは、他があまりにていたらくだから、という側面が強い。

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/02/12(金) 08:07:29.243796 ID:dUKy7Eh60
明が最強だったのは洪武帝か永楽帝かだけど、どっちかというと難しい
永楽帝は自身が最強の将軍で道エンが軍師としてバックアップ
洪武帝は自身より徐達と常遇春が総司令官として指揮する。軍師に劉基。

人材的には洪武帝だが、君主では永楽帝
とはいえ洪武帝は戦争じゃないとこに本分があるし
外交謀略なんかを含めたら洪武帝が勝ちそう
でも永楽帝には鄭和艦隊もいるし、どっちとも分からんね。
日本とじゃなくそっちのが面白い気がする。

55: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/03/15(火) 02:21:45.53 ID:gbzqj4hm0
最強の基準による